「何処に行ってらっしゃったんですか?」
「あー・・・・、えっと・・・・・」
「そんな所に突っ立ってちゃ風邪でも引いてしまいます。とにかく此方へ」
「えっと・・・、怒ってる?」

息を殺して離れへと戻れば、案の定手代である仁吉が方眉上げて腕を組んで立って居た。
聞くまでもなくその様子や声の低さに機嫌が宜しくないのだとは十分に伝わってくるが、それでも聞かずには居られなかった。
沈黙ほど、居心地の悪い物は無いと分かっているからだ。
「・・・怒ってる?。そんなもので済むと思っておいでで?」
沈黙の気まずさに問えば、棘のある言葉で返される。
まあ、当然の事と言えばそれまでだが。
とにかく、若だんな - 一太郎 - は体が弱い。
幼い頃から今までそれは変わらず、元気でいるより死にかけている時間の方が長いくらいの病な為、両親はもちろんの事、手代達はとことん一太郎に対して甘かった。
幾つもの先の町内にまで『長崎屋が一太郎を甘やかすこと、大福餅の上に砂糖をてんこ盛りにして、その上から黒蜜をかけたみたいだ』との噂が届くほどだ。
しかしそんな甘やかし振りの仁吉がこうまで不機嫌なのは他ならぬ一太郎の為だ。
いくら大切に大切にしていても、その本人が自ら体を壊していては仕方ない。
ただでさえ走ればすぐに意識を失う程の病弱な体だ。
そんな一太郎がこんな夜更けまで、一人家から抜け出して何処へ行っていたのかと気が狂いそうな程躍起になって探していたのだ。

「・・・・・ごめんなさい」
「謝って済むくらいなら日限の親分も仕事が楽でしょうに」
「・・・・・・・」
一太郎が小さな声で呟くと、仁吉は体を背けて奥へと行ってしまった。
どうやら今日は酷く機嫌が良くないらしい。
(いつもなら嫌でもネチネチと説教をしてくるのに・・・・)
そう思うと一太郎の瞳にじんわりと涙が浮かんでくる。
仁吉は一太郎にとって大切な兄やでもあるが、それだけではない。
良き手代であり、良き兄やであり、そして、恋仲なのだ。


「・・・・どちらへ?」
不意に声を掛けられた。
「え?」
「今日はどちらまで行っていらっしゃったんです?。三春屋にしちゃ随分な時刻でしょう?」
俯いていた頭を上げると、目の前には寝衣を片手に仁吉が覗き込むようにして立っていた。
そして、優しく一太郎の手を引いて布団の方へと連れて行く。
仁吉の手の温かさに一太郎は自然と頬を緩ませると、ふ、と障子の方を見つめた。
「ああ・・・、うん・・・。・・・空が、ね」
「空?。空って、天の空の事ですか?」
そう言いながら仁吉は一太郎の寝衣を着させるべく、膝を折って衣類を脱がし始める。
「うん。今日はおかしいんだよ仁吉」
「?。おかしい?」
つい、と脱がし掛けていた手を止めて一太郎を見上げた。
一太郎は先ほどからずっと障子を見つめていたままだった。
正確には、障子のその先にある何かを見ているのだろう。
「うん・・・。月がね、凄く赤いんだ。 ね、仁吉はどうしてか分かるかい?」
―― ああ、今日は皆既月食でしたね」
「かいき・・・げっしょく?」
初めて聞く言葉に一太郎はようやく視線を障子から仁吉の方へと向けた。
見下ろしていた視線は、そのまま膝を立てた仁吉を追うようにして上がっていく。
その拍子に、一太郎が纏っていた最後の衣がするりと足下に落ちた。
「ええ。月と太陽が重なるんですよ。不思議でしょう?」
そう言って微笑む仁吉の黒目が途端に猫のように縦に細長くなる。
仁吉の瞳がこうなるのは、本来の姿、妖の本性が出ている証だ。
なぜ今時分に本性が?とも思わないでもないが、一太郎は素直に仁吉の言葉に頷く。
「うん、初めて聞いたよ。お日様とお月様が重なるって凄い日だねぇ・・・」
そして一糸纏わぬ姿にもかかわらず、再び視線を障子の先に戻した。

その時、背後からしゅるりと布の擦れた音が耳に届く。
「そうですねぇ・・・・まるで―――」
「・・・・仁吉?」
振り返ると、自身の着物を剥いで産まれたままの姿になった仁吉が優しく一太郎を抱き締める。

そして、耳元で優しく囁いた。



まるで・・・
   
月と太陽が交尾してるみたいでしょう?

仁吉x若だんな

久々の仁吉x若です。
あ〜あ〜…久し振りのしゃばけ絵だというのに…。
脱がしてしまいました;;。
だって…和服めんどくさかったんだもん!!(もん!!じゃねーよ)
なんかやっと若を思い通りに描けた気がします(笑)。